変わってた

実家帰省の手土産でとても重宝する「雷鳥の里」。先日の大型連休の時に買ったものを会社で配ってきたのだけど。

箱を開けて、包装の仕方が変わっていました。以前は金のワイヤー入りタイで一つずつ留めてあったけど、金色のラインが入るだけになりました。

また一つ「昔はこうだった」が増えてしまいました。

検印を捺した紙の雷鳥は健在。

年に一度の

健康診断を受けてきた。

採血は左腕で。外側の血管からとなったけど、出がいまいち。別の看護師さんの手を借りて、採血器を吸引してもらいつつ何とか終了。途中、目の前がチカチカしてきたことを伝えると、休憩してから他の検査ということに。5分ほどベッドに横になった。

他の検査は滞りなく終了。バリウムも失敗せずに飲んだ。味はクセのあるヨーグルトドリンクという位置付け。昔の飲みにくい味ってのも気になるなぁ。薬液の進化に感謝しないといけないのでしょう。

最後の医師との問診で、過去の検査結果などを見ながら、医者から「理想的」な状態であるとほめられる。両親に感謝して、自分をほめなさいとのことでした。維持できてるのは自分自身のがんばりだと。納得。

見事なスポーツ心臓とほめられ「せっかくだから音を聞いてみなさい」と聴診器をお借りした。うん、しっかりしてた(と思う)。

今回の先生(某大学の名誉教授と名札に書き添えてあった)は、音にこだわる人だった。お腹を触診した後に、あちこち叩いて「音の違いわかりますか?」と訊いてきた。肝臓の方は固い音がして、十二指腸は柔らかい音と伝える。以上があると違う音が聞こえてくるけど、異音がしないから大丈夫ですよと。人の体って、音からでもわかることって多いのだなーと感心してしまった。

そんなこんなで、レントゲン技師さん(おじいちゃん)の話や、心電図検査の担当者に心臓の位置が違う人の話を聞いたりとなかなか楽しい健康診断でした。

写真は帰り道の途中。

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リアルタイムで聞けなかったので「生活は踊る」をradikoのタイムフリーで聞く。

ちょうど一回り違いです。

十進数でだいたいのことを区切るのに、年齢に関しては12が基準という理由はなんだろう。……ということを解説した雑学か数学の本はたくさんあるに違いないよ。あ、干支で片が付く話か。

だいじなことですから

スーパーで買い物してお会計。

これくらいの値段だよね~と思っていた金額よりも多い金額が表示される。これは違うなと思いつついったん支払い。出てきたレシートを確認すると、値引き対象商品の値引きがされていない。同じレジに戻ろうかと思ったら、他のお客さんが3人ほど並んでいる。そこに並ぶよりはと思ってサービスカウンターに行き、店員さんに値引きがされていないことを伝え、差額の返金をしてもらった。

まあ、値引き後の読み取りシールもわかりにくかっただろうしねえ。後であのレジ担当の人は注意されるのだろうか、などと考えながら帰宅。

レシートをすぐにチェックするのは必要ですねえ。

実物は見たことがない

マスカット・オブ・アレキサンドリアというマスカットのグミ。

おいしいマスカットらしいけど、アイスクリームやチョコレートに加工されたものしか食べたことがない。

実物がどんな味か想像しながら食べてます。

後で写真を追加するかも

朝のウォーキングで、木の枝から糸を出してぶら下がる何かの幼虫を発見。葉っぱに戻した方がいいかな? と思って見ていたけど、自力で糸をたぐって葉っぱに戻っていた。

前足で手繰り寄せた糸を丸めながら登っていて、器用なものだと思わず見入ってしまった。目的の葉っぱにたどり着いたら、普通に歩き始める。よく見ると葉っぱの先には登りながら丸めていた糸の球がくっついている。

なんというか、いいもの見た。

長けりゃいいってもんじゃない

元上司の人の話。

非常にコミュニケーションを大事にする方であるけど、話が長い。話の導入的な雑談が長く、会議の議題に入るまでに20~30分かかることもある。1時間の会議だとすると、あと30分しかない。でもね「この後予定がなければ、もう少しいいですか」と会議の延長を希望する。でも、延長したところで結論は出ない。雑談に使った30分延長で済めばいいほうで、合計2時間拘束ということもある。

なんというか、進行がうまくないなと思う。時間配分を気にするわけでもなく、議論が盛り上がれば、その流れを維持。いや、それも方法としてはありなんだと思うんだけどさ。効率で考えると、無駄が多いと思ってしまうんだよねえ。

これまでこういうやり方でやってきて、それなりに実績を上げているとしても。もう少し俯瞰で考えたらいいのではないかと思ってしまう。とはいえ、こういうことを指摘する人は周囲にいない。立場が上なだけの方の言葉は、納得しないという強固さもあるので。

なんというか、難しいわねえ、ということで。

コミュニケーションを大事にすること、それはやっぱり長時間拘束ということではないよな、と思う。質の問題なのかもしれない。なんつって。